2013年2月20日 (水)

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2012年7月 6日 (金)

不確実性

米国弾丸ツアーを終えましたが。
また貧乏です。

お久しぶりにブログ更新いたします。

どうでもいいお話。


まあ、世界にはひどく沢山の人がいて、生物を含めると、あまりに多くのモノが有機的に「生きている」

さて、「生きている」とは何でしょうか。
分子生物学の知見を借りても、どこからが生物なのか、色々解釈できます。
細胞、ウイルス、入れ替わる物質、形相を保ちながら、質量を換える個体です。
でも、この時点において、当該「その」生物の話を今しているわけです。
自分のことでもいいし、飼ってるネコでもいいし、「固有性」「唯一性」を持つ個体、との前提がある。
色んな立場になったり、ならなかったり、人間の世界ではそれが嫉妬となったりして、「何で俺が」と憤慨する情況というモノはむしろ日常茶飯事でしょう。
或いは歴史上、あまりに残酷な被害をこうむった事件や出来事になぜそれぞれ具体的な生をもった人間が巻き込まれるのか。

問は一つで、なぜその人なのか。

ということです。
以前も書いたことがありますが、批評家の東さんのデビュー作「ソルジェニーツェン論」でアウシュビッツの悲劇が、実は確率的にしか起きえない。これはいい意味ではありませんよ、ルーレットのように誰にでも起きうる可能性があった確率論にしか生死の意味合いはない、という戦慄です。
だって、ユダヤ人であればだれでも死ぬ確率があって、生き残った人とガス室へ行った人の差に理由はありません。
誰しも個人や国家は、それを回避することを知ってか否か、つまりは意味のない生死の虚無を避けるため、集団や個人の「物語り」を作って意味連関を与えていたのです。
「なんで」という問いは、それが転換か崩壊する時に発せられます。
それを力で乗り切る人もいるでしょう、あきらめる人もいるでしょう。
では、そういう反応すら別れるのは何故?
そこに理由を確定することはできません。
それほどまでに、確率的な生というものが、宇宙時間で拘束している。
生物が生まれたのも偶然です。
そこに理由はない。
物質の生成秩序の合理的進化に、たまたま神経細胞が発達した程度でしょう。


固有性をあきらめざるをえないもう一つの例があります。
昨日、ヒッグス粒子が発見されたというのが、一般紙でも一面になっていたようですが、
ビッグバン直後の、飛び交う原子を拘束するように結合し、質量を与えた素粒子が実在証明されました。
なんだか、よく分かんないといった人や、興味が無い人の方が多いと思いますが、僕はやはり戦慄せざるを得ませんでしたね。
ぼくも、あなたも間違いなく、時間も空間もないところからヒッグス素粒子が生成して宇宙からできた物質です。
唯物論的すぎる、とは言わないでください。
それを越えるには、信仰しか人間には認識の能力など与えられていないからです。
霊を信じるのと同じレベル。

で、話を戻しますが、僕は実は素人量子力学ファンでありまして、理系ダメだといって文系逃げたくせに、大人になるぬ連れて、理系が面白くなってしまったクチですね。
物質は全て、量子からできています。
あなたもです。
原子核や周りを回る電子にも質量はありません。
原子はでは、どうやって確認できるのか、目に見えるのか。
これは技術的に見えることになってしまいましたが、確実なものではないんです。
量子力学の基礎方程式であるシュレディンガ―方程式では、ある時刻、ある場所の原子の情報が分かったとしても、その後の任意の原子の運動がどのようになるのか、確率的にしかわからないのです。
簡単に比較しましょう。
ニュートンの古典力学では、玉を付いたら、初速で時間と距離がわかりますよね。
時速100キロという概念は、速さであると同時に、時間単位あたりの距離を表わしています。
便利ですよね。
量子力学はこれが、確率的にしか分からないのです。
逆に言うと、次の運動、位置が観測されて初めて、それ以前の位置が、初めて分かるのです。
これはあたりまえで、運動後なのですから移動は確定した後です。
そこから推測するしかない、ということです。
逆も成り立ちます。観測された位置が、五分前だとしたら、五分後からも現在の位置が推測できる。
これは、軌跡をあとからたどってるだけです。
現在から、次の情報は分からないのです。

これはあなたの体このとなんですよ。
何が起こっても、確率的でしょう。
一番ミクロの意味でも、あなた自身は確率的な物質的存在でしかない。
そこに固有性があるでしょうか。
固有性なら、有意で恣意的でないものに支配されていなければならない。
しかし、そうではないのです。
当該「その」生物でさえ、確率的なんです。
これは恐ろしい話です。
近代懐疑論もそこから始まっている。
だれもが、確信的で、目の前にあるモノを当たり前として、「ある」とおもって生きている。
そんな馬鹿な話はありませんよ。
もちろん、数十年単位で固定化されるものはたくさんありますよ。
しかし、本質は違いますね。
余りの偶然をあなたは生きている。



だからこそ、物語は作りたいものなんですが。




今月は飲みもあるし、京都も行かなきゃいけないし、気まぐれなその日ぐらしが続きます。



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2012年3月 1日 (木)

ほぼ更新されないブログ

長いこと更新しておりませんが、ツイッターの方で宜しくお願い致します。

また、エントリーは開始する予定で資料を集めております。

紆余曲折ありますが、僕は貨幣供給内生説の立場、から発言しております。

期待は有効でしょうか。

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2011年10月30日 (日)

ありがとうございます

http://d.hatena.ne.jp/osakaeco/20110922/p1

拙ブログを紹介して頂きました。

富山大学の先生です。感謝申し上げます。

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2011年9月23日 (金)

カルドアとオーストリアン貨幣理論

しばらく休止しておりましたが、ゆっくりと、ニコラス・カルドアとオーストリアンの貨幣理論の研究ノートをエントリーしてゆくことにします。

ケインズやマネタリストも絡めて、現在のデフレにどういうインプリケーションがあるのか、整理してみたいと思います。

システミックリスクや、信用危機の去った今こそ、財政金融政策のロジックが問われていると思います。

ポストケインジアンとオーストリアンにもどういう、整合性があるのか。

ゆっくり書いてゆきたいと思います。

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2011年9月20日 (火)

放置

随分完全に放置してますが、ヤプログのブログの方にもまとまったエントリーしてますので、訪問よろしくです。向こうは、ちょっとふざけてもいますが。

書評、分析的なのはそのうちエントリー致します。

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2010年9月 5日 (日)

最近のマクロ経済状況 メモ的に

マクロ経済で国民所得の四大要素を需要側から見ると、①個人消費、②企業の設備投資、③政府支出、④純輸出の四本柱です。これが全部上がれば、GDPは成長するわけですが、①②が今は落ち込んでいる。設備投資は通常銀行融資という形を取るので、これは借金です。銀行もこれで利息収入が得られるわけです。しかし、ここずっと、全国銀行貸付残高は減少の一途で、企業は借金をせずに、返済ばかりして、内部留保が増えてるわけです。利回りを産まない資金をかかえていても、会社はダメなので、それを投資に回さなければ、売上にも利潤にもならないわけです。政府支出は、ご存じの通り限界にきています。小泉政権時に、緊縮財政やったのに成長したのは、④の要素が強い。溝口テイラー介入によって、円安誘導があったわけです。なのに今は円高です。
資本主義は、債務によって財、サービスを購入し、支払期限を繰り延べることで期限の利益を発生させ金利を産み、また、その債務は次の経済主体への貸付(債務)になることによって、信用乗数が上がってゆくわけです。これが、政府支出による購入によると、財政支出の乗数効果がおきるわけです。
今は、人がモノを買わないから、単価下げるだけ、企業も投資しない、資金需要減る、銀行は国債買うしかなくなる、低金利、カネだけが余る。ということです。だから、リフレ派がいうのは、もっと紙幣を印刷して、貨幣価値を下げて、おカネを持っていても、価値が下がるんですよ、という状態にしたい、ということになる。インフレターゲットがここに出てくるわけですが、金融緩和からのトランスミッションメカニズムが経済学的に、明らかにされたとは言えておりません。
僕は以前リフレに理解をしていたんですが、潜在成長率を上げる産業構造改革なしに、それは無理だと思っているので、やらないよりはまし、という程度です。薬でいうプラセボ効果があるかもしれません。
経済成長の三要素は資本、労働、イノベーションですが、日本は資本、労働が、余ってる。労働力人口は減少に転じていますのでこれもマイナスになるでしょう。成長率を要素分解すると、先進国で重要なのは、生産手段と製品のイノベーションの割合です。これが生産性の向上も含めて、決め手になるのですが。
昨日発表のアメリカの雇用統計が思ったより悪くなかったということで(でも思ったより、ということなので、9%台後半というのはかなり悪い。)、株も債券も上含みでしたねえ。市場が食いつくほどのボラテイリテイの材料にはならなかったようです。
世界の経済学者の間で、「JAPAN-STYLE-DEFLATION」という言葉が、定着し始めていますが、かといって、日本がその処方箋を示せたわけではないのです。これは先進国世界の失われた10年の始まりなのかもしれません。

『This Time Is Different: Eight Centuries of Financial Folly 』Carmen M. Reinhart もそのところを指摘しているようで、これは読んでみる必要がありますね。

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2010年9月 1日 (水)

福沢諭吉の私情と公

「文明の変遷、日に急にして、其の東洋に向かふの気勢、復た前年の比に非ざること明に見る可し。此の急変激動の衝に当たりて、内の腐敗は既に極度に達したる朝鮮国が、尚其の独立を維持せんとするか、我輩の如きは到底其の節を得ざるものなり」  福沢諭吉 明治18年

これは、慶応義塾の創始者、福沢諭吉が、当時の朝鮮と清の古い宗族関係を切断し、朝鮮の近代化に期待を懸けたが、それはもう無理だ、続けて清かまたはロシアの属国となるをやむに至るを得ず、というあきらめの文章である。当時の朝鮮は、清とロシアの大国の中で、どちらにつくか、あるいは開国近代化するか否かで、内政的な政争を続けるばかりで、朝鮮半島を不安定化させていたことに、日本が、主権平等のもとに開国近代化を進める手助けをしていた。朝鮮の失政は半島南部まで大国の勢力が南下することを意味する。それは日本の安全保障の危機である。
「朝鮮国」を今の「日本」に読みかえるのはちょっと酷だろうか。しかし、この時期に、単なる民主党という私党内争いが、公の内閣総理大臣を決める争いになる、この「腐敗」ぶりは、常軌を逸している。
憲法上の結社の自由もあると思うが、政党の党首選挙のための公職選挙並みのきつい規制の法律を作らないとこれはいけないだろう。結社の自由を規制する「公の福祉」に十分当たる、理由がある。最高権力者を選ぶのが、民主党員という私人だけだからである。


福沢は、ある事件を機に堪忍袋の緒がきれたとばかり、激烈ないわゆる「脱亜論」を記す。朝鮮中国に対する最後通牒である。
「今日の謀を為すに、我国は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの猶予あるべからず、寧ろ其の伍を脱して西洋の文明国と進退を共にし、其のシナ朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に従いて処分可べきのみ。悪友を親しむものは共に悪名を免かる可らず。我は心に於いて亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」
これは、我々は、朝鮮の近代化に助力して、西洋列強が朝鮮半島に入り込まないように努力した。しかし、清と朝鮮の王族は旧来の封建秩序のまま、秩序を維持しようとし、激動する国際情勢に背を向けている。自国がアヘン戦争清仏戦争で負けているにも関わらず、されるがままになっている。近代化しなければ植民地にされる、この思いを理解できないのであれば、隣国といえども、欧米のように日本もあなたたちに対して振る舞うぞ。つまりは、清朝鮮を悪友呼ばわりし、絶校する、ということである。


福沢はなにも、最初から、亜細亜侵略の国粋主義者だった、というのではない。日本は、日朝修好条規の第1条で、朝鮮は清から独立した国である、ということを認めさせた。
清国と朝鮮王朝の守旧派はつねに、開国近代化を否定し、朝鮮の軍事警察の支配権を維持しようとした。
福沢は、朝鮮内部にいる、いわゆる、開明派官僚を日本に呼び、日本の近代化を勉強させることで、近代化の後押しをした。清国派の大院君を擁する守旧派と戦わせるためである。留学生の何名かは慶応義塾に学んでいる。その代表者が、金玉均である。福沢は私邸に留め置くなどして、彼を厚遇した。朝鮮開国近代化のためである。
壬午事変をへて、朝鮮の清国支配がさらに強化されるのだが、1887年、清仏戦争に敗れた清は一時、朝鮮に対する支配の空白を作ってしまう。そこで、反旗を翻したのが、金玉均引きいる開化党である。クーデターにより一時政権を握るが、またしても、清国が開国派を潰すため介入・開化党は壊滅した。金玉均は日本に逃げ、三田の慶応大学にかくまわれた。これが、甲申事変である。福沢の意図は挫折した。その悲嘆はいかばかりか。
甲申事変は清軍・朝鮮守旧派対朝鮮開化党、日本軍の戦いであった。陸続と送られてくる清国軍に、クーデターは失敗。日本軍は玉砕。しかし金は幾多の困難を乗り越えて、日本の「福沢先生」のもとへ帰った。福沢は「よく生きていた」と皆が再開を涙した、という。
しかし、清国の支配する朝鮮下では、近代化は望めない。金玉均は爾後10年を日本国内保護下で転々と過ごす。朝鮮より暗殺命令が出ていたからだ。

だが、10年後、清国の李鴻章の養子が金に、日清連帯のため、開化党の参加を求め、上海渡航をすすめる。
金は、罠だ、と気がついていたそうである。しかし、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と語って、福沢の翻意にもかかわらず、渡航してしまった。果たして、上海の日本ホテル東和洋行にはいる。刺客が金玉均を3発の銃弾で仕留めた。
日本側は遺体を引き取ろうとするが、後に中華民国大統領になる、袁世凱に阻止されて、朝鮮に引き渡された。
金の遺体は、首、手首、足首、胴を三分するように切り落とし、街路に立て、鳥や犬に食うに任せた、中国式の凌遅の刑に晒された。実父も処刑。その他の家族は自害。

金に対する福沢の私情は、包みこめないほど大きなものであった。
その弟子がかくたる非業の死に斃れた。福沢の憤怒の私情が、上記した、かくなるまでの、清、朝鮮に対する激越な、宣戦布告文となって表れている、といってよいだろう。これは、福沢一人の問題ではない。往時の日本人は、開明派の金玉均を応援していた。金氏客死、に対する募金が日本で広まったのだが、そこには金玉均という朝鮮人に対する日本人の心情が表れている。
僕は、これを読み始めて、滂沱滂沱であった。いかに無念だったろうかと。
「韓客金玉均氏夙に非常の器を抱て非常の時に立ち、縦横策成らず。おはれて他邦の孤客となり、流離混頓殆ど十年。或は涙を南海の熱潮にそそぎ、或いは恨を北海の寒月に訴へ、志業遂に成らずして空しく兇奴の毒種に斃る。想うに人生の不幸は志業未だ遂げずして、他邦に客死するより大なるはなし。特に万里頼る所なき亡命の身を以て、政敵の毒手に斃るゝに至りては、男児の鉄腸をして九廻せしむるに余りあり・・・・請う応分の義金を投じて、哀悼の情を奏し、氏をして百年不冥の鬼たらしむる勿れ」

此処で確かに福沢は私情に溢れている。
しかし、その私情は弟子の業死のみに向けられているのではなく、自主独立朝鮮の樹立というおおやけ(公)へ情念であった。これがなくなると、日本が危機にさらされるのである。
その後日本は、朝鮮を混乱させた清国、ロシアと近代戦争を戦い抜き勝利した。
その後の道のりは、金氏が生きていたらどう思うか、意見の別れるところでもあるとは思う。

民主党がやっている私闘、とかくばかりに違う公と接続された福沢の大きな私情。
金玉均氏は慶応義塾から近い、東京、青山墓地に、遺骸の一部が埋葬されて、眠っている。

参考 『新脱亜論』 渡辺利夫 文春新書

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2010年8月17日 (火)

宮澤喜一回顧録

休みに、前から読もうと思っていたオーラルヒストリー研究の一環の『宮澤喜一回顧録』半分読了。宮澤総理は政治力はなかったといえるが、世界情勢、客観的な認識力については、戦後総理随一だと思う。本当のインテリですよ。中曽根、小泉さんはまた違う人間ですね。

で、日米安保に関する基本研究書を前から何冊か読んではいたんですが、(例えば大阪大学教授の坂本一哉先生の『日米同盟の絆』など)何と言っても、宮澤総理は、敗戦時にすでに大蔵省にいて、占領政策、講和から、安保までかかわった生き証人だったわけです。先年亡くなられましたけれど。この本は、東京大学の御厨先生がされているオーラルヒストリー研究の一環で、本人にインタビュー、という形を取られているわけです。だから、学術論文みたいにきっちりした話になってなくて、詰めがない、なんてこともありまして、当時の大体の歴史的背景を知っていなければ、なかなか本人がおっしゃられていることも、ぱっとひっかからないわけです。ある種、上級者向けですね。

今回、ふと気がついたのは、宮澤さんは池田蔵相と、1950年に表向きは経済会談のためにドッジと会うため、ワシントンに行きます。歴史上では、この会談では、経済問題ではなくて、安保の問題をどうするか、一つの提案があったことになっています。米ソ冷戦がいよいよ色濃くなる中で、アメリカがソ連に直接日本を丸取りするようなことをいうわけにもいかない。吉田茂は、今後の安保体制は、米軍が日本に駐留することを、日本側からオファーしても良い、という形で、米軍基地の存続を提示するわけです。池田蔵相はこれをやった。

宮澤さんはこの形体から、現在の東アジア情勢が作られいることを認識されて、以下の様に安保50周年のスピーチにまとめられていおます。第一に、単独講和だったけれどもこれはこれでよかったんだ、と。その結果、経済は繁栄した。しかし、ロシアとの平和条約問題、北方領土、北朝鮮、台湾と中国の選択問題がのこされている。特に、中国問題に対しては、経済的膨張は軍事的圧力が増すということになる。ここで、一番の問題になることは、集団的自衛権の問題だ、と宮澤さんはおっしゃいます。別にアメリカが危機の時にカリフォルニアまで来てくれ、と言っているのではない、日本周辺で有事の際に、すぐに日米安保でアメリカが動いてくれる、と日本がおんぶにだっこのように思っているのでは本当に困るんであろう、と。一つは、日米両国で、軍事オペレーションについての合意が何もなされていないこと。自衛隊は米軍と共同訓練やってますけれど、細部は白紙です。さらに、これは政治的に、おそらく尖閣あたりか、北方領土で、ホットフラッシュがおきても、アメリカは何もしないだろう、と。これは日本の問題ではなくて、米中、米ロの外交問題だからです。

とすれば結論は当然、自分の国は自分で守ろう、ということになるわけですが、宮澤さんはそれに賛成されています。護憲派だった宮澤さんがです。核やナショナリズムの問題で、これは話が進まないだろうとも同時におっしゃられていますが、アメリカが問題にしているのが、日本ではなくて、カウンターパートが中国、ロシアだということに改めて気がついた、という訳ですね。複雑な問題を起こす外交問題は、アメリカは介入しない可能性がある、ということを肝に銘じておく、ということでしょう。

宮澤総理、31歳まで、どこの国とも安保のない日本に住んでいたのですから、そのおっしゃること、含蓄があるというモノです。

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2010年8月10日 (火)

つぶやき

私淑するかんべえ殿がブログで、学生時代にバイトで塾で小学生に教えていたらしい事を書いておられる。で、人にモノを教えるのは向いていないんじゃないかって気がついたと。で、人に教えるのも、教わるのも得意でない、といっておられる。
これは意外な話だと思いました。確かに、決まり切ったことを教えるのは飽きます。高2くらいまでは考えなくても良いので。何でわからないのかがわからない。でも、教わるのも得意ではない、ってどういう意味でしょうか。高名なエコノミストたる氏の独自の見立て、が崩れるからなのであろうか。本読むのは、自分と異なる見方を教わることであるので、僕は教わることは好きですね。そこから自分の考え、疑問を掘り起こしてゆけば、限りない知的な探求が始まるわけです。知的好奇心とはそういうものです。で、ぎりぎりまで、どっちが妥当性あるか判断を保留するわけです。徹底的に根拠をさぐる。これが面白いんですけどね。
そういう意味で一つ言えば、経済政策で、例えばリフレ派と構造改革派の対決は、もう、世界の経済学者をまきこんでいるので面白いいわけです。ちなみに、高橋洋一氏がまた、新しい新書を出してたけど、スタンスは知ってるので、買いませんでしたが、日銀の職員が、私的な論文で長期国債もっと買うべきだ、って書いたら、紙幣を修復する部門に左遷させられた、と書いてあった。ほんとなら、インテリの世界も陰湿で変わんねえな、と。つまんね。まあ、その人はリフレ派に近いんでしょう。確かに、日銀は、非伝統的手段に於いては、世界の中銀のトップを走ってはいますが、バランスシートの拡大は、やらないよりやっておいたほうが良いと思うのだが。僕は完全なリフレ派ではありませんけど。FRBとイングランド銀行とくらべると、2.5倍は違う訳ですね。円高もどうするんでしょうか。非不胎化くらいやってみてはどうでしょうか。もちろん、インタバンクからカネが出てゆかないのはわかりますけど。
長期的には潜在成長率とグローバリズムによる生産性格差を克服することが必要なわけです。新興国からの安い製造品の洪水を受けているのは日本だけではないのに、なぜ日本だけがデフレなのか、という疑問は、野口悠紀夫先生的に言えば、まあ、産業の構造転換が遅れたから、というわけですが、ここはもうちょっと、探る必要がある。逆に、本当に日本だけ、都合のいいように、産業構造の転換が遅れたのかどうか。
でも、頑固な日銀理論に固執する政策をされるのは、現総裁ポストを政局にした民主党のせいだと思います。政府の方がデフレ宣言しといて、ですよ。だから僕は、現総裁で自縄自縛だ、とブログですでに言っていたのです。

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